1 はじめに

 昨日の4月7日に,新型コロナウイルスの感染拡大に対する緊急事態宣言が政府から出されました。それを受けて,各配属庁は,73期司法修習生に対し,自宅待機の命令を出したと思います。かくいう私も,4月6日に登庁した直後に自宅待機を命令され,まるでクビ(fire)にされたアメリカの証券マンのごとく,デスクを片付ける暇もなく帰宅させされました。
 この状況に関して,自らの学びの機会をどう確保すればいいのか(特に任官任検志望者の方は)不安に思っていらっしゃる方も多くいるかと思います。私も,このまま実務修習が中途半端になったまま実務に出るのは大変に困ると思っております。
 しかし,今はお上(司法研修所やら司法試験委員会やら法務省やら最高裁やら)はお上で,大変バタバタしていることでしょうし,今お上に文句や不安を伝えたところで事態が好転するとは考えられません。なので,修習生としてはまとまった時間が確保できたことをむしろ好機とし,英語なり簿記なり法律なり競馬なりなにかの勉強をするのが最善の策ではないかと思います。
 そして,このようにポジティブに考えている修習生の中には,労働法を勉強したいと考えている修習生も一定数いるのではないかと考えられます。実際に僕の周りにも,修習中にこそこそと労働法の教科書を読んでいる勉強熱心な修習生も多くいました。
 そこで,労働法を選択者として,少しでも皆様のお力になりたいと考え,私なりに「司法修習生が労働法の勉強を始めるに当たって読むべき本」について少し語りたいと思います。また,労働法の分野に関し,そもそもどのような学者の先生がどのような本を出版し,それぞれの本についてどのように利用すればいいのか,などという点も合わせてお伝えできればなあと思っております。
 とは言っても,僕が知っている限りの情報を書き散らすに過ぎませんし,僕自身すべての労働法の本を読んだとはいえないので,気楽に読み進めてくれれば幸いです。


2 スタンダードな教科書・基本書
(1)水町勇一郎「労働法〔第8版〕」(有斐閣・2020年)



 たぶんこれが最も定番の教科書だと思います(以下この本を「水町労働法」といいます)。
 司法修習生であれば,水町労働法をとりあえず通読すれば労働法の概要と全体像を把握することは可能だと思います。なので司法修習生として,とりあえず労働法の概要を知りたいという方には水町労働法を通読することをおすすめしています。また,多くの労働法選択者がこの本を読んでいますので,この本を読んでわからないところがある場合,労働法選択者に質問すればうまくいくのではないかなと思っています。
 最新版である第8版は,2020年3月に発売されましたので,第8版であれば今のタイミングで買ってもいいと思います。また,分量も508頁と適当かなと思います。


(2)両角道代・森戸英幸・梶川敦子・水町勇一郎「LEGAL QUEST 労働法〔第4版〕」(有斐閣・2017年)


 みなさん大好きリーガルクエストシリーズの労働法です。「法科大学院時代の今,法学部で習得しておくべき『基本とは何か』を追及した,新しいコンセプトのテキスト・シリーズ」というリーガルクエストシリーズの本でありますので,かなり信頼できると思います。教科書として使用している受験生も多くいました(ただ,その割合は水町労働法よりも低かったですが)。
 また,水町労働法と同じく2020年3月に第4版が出版されました。水町労働法よりも80頁くらい少ない424頁でありますので,水町労働法とならんで司法修習生にはおすすめできる本です。
 ただ,共著であるので,共著よりも単著の方が好きだという方であれば,水町労働法の方がオススメかなと思います。


(3)土田道夫「労働法概説〔第4版〕」(弘文堂・2019年)


 同志社大学の土田道夫先生の教科書です。私自身,大学1~2回生のときに土田道夫先生の労働法概論の講義を受講し,この本をめくった記憶があります。ただ,当時はこの本の1パーセントも理解できていなかったと思いますし,生協で買ったはずのこの本はいつの間にかどこかに消えていました(たぶん後輩に譲ったんだと思います)。
 ただ,ロースクール3年の時に再びこの本に出会い,少しだけ参考にしました。通読はしていませんが,かなり理解しやすかった記憶があります。
 512頁と,水町労働法と厚さは近いですが,かなり詳細な記載が多かったので,通読するのは水町労働法と比べて少ししんどいかもしれません。


(4)荒木尚志「労働法〔第4版〕」(有斐閣・2020年)


 いわゆる荒木労働法といわれる体系書です。水町労働法と並んで僕が司法試験労働法の勉強のために使い倒した本であります。ただ,880頁もある本でありますので,水町労働法を読んで分からなかった部分や,答案上の適切な表現を探したいときに利用しました。答案で使えるフレーズは,菅野労働法や水町労働法よりもはるかに多かったので,司法試験受験生にめちゃくちゃオススメです(司法試験的には菅野労働法よりも荒木労働法を使った方がいいと思います)。
 ただ,第4版が2020年6月に発売される予定ですので,現在発売されている第3版は急いで買わなくていいと思います。


(5)菅野和夫「労働法(法律学講座双書)〔第12版〕」(弘文堂・2019年)


 いわれる菅野労働法といわれる体系書です。弘文堂の法律学講座双書のシリーズの特徴である一面のミドリ色のデザインがいい味を出してますね。
 また,この本は実務家が一番使う労働法の本です(江頭会社法に近い位置付けかなと思います)。1248頁なので通読する必要はないと思いますが,弁護修習やサマークラークで労働法に関しリサーチを頼まれた場合,まずはこの本に当たるべきだと思いますし,場合によっては,この本をコピーして報告書に添付するのが良いでしょう(その場合,奥付をコピーして添付することも忘れずに)。
 あと,菅野先生の読み方は,すがの先生ではなくすげの先生です。巨人の投手に引っ張られないように注意しましょう。


(6)小括
 以上5冊の本が最も司法修習生的にスタンダードな労働法の本かと思います(異論反論認めます)。また,司法修習生としてとりあえず労働法を勉強したいのであれば,水町労働法を読めばいいと思います。さらに詳しく勉強したいのであれば菅野労働法を買って読めば十分かと思います。


3 その他労働法の学術書
(1)浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾「有斐閣アルマ Specialized 労働法〔第6版〕」(有斐閣・2020年)


 みなさん大好き有斐閣アルマシリーズの労働法です。554頁と有斐閣アルマとしては厚い本になっています。多くの労働法と同じように,第6版が2020年4月10日に発売されました。


(2)西谷敏「労働組合法〔第3版〕」(有斐閣・2012年)

 かなり労働者側に沿った内容の労働組合法の本であります。ロースクールの授業の発表等で,頻繁に参照・引用させてもらいました。


(3)西谷敏「労働法〔第3版〕」(日本評論社・2020年)

 
 第2版が出版されたのが2013年であり,その間に個別労働関係に関する法令がかなり改正されましたので,西谷敏先生の「労働組合法」よりは参照する機会が少なかったです。
 しかし,2020年5月19日に発売されるそうです。改訂されることはないと思っていましたので第3版にはかなり期待しています。



(4)野川忍「労働法」(日本評論社・2018年)

 最近出版された労働法の分厚い本です。書店か図書館で触った記憶はありますが,まだ読んではいません。


(5)川口美貴「労働法〔第3版〕」(信山社・2019年)

 最近改訂された労働法の分厚い本です。書店か図書館で触った記憶はありますが,まだ読んではいません。



(6)土田道夫「労働契約法〔第2版〕」(有斐閣・2016年)

 労働契約法についてリサーチするならこの本だと思います。非常に詳細な記述がされています。


(7)水町勇一郎「詳解労働法」(東京大学出版会・2019年)



 2019年の9月に出版された水町先生の体系書です。1432頁と菅野労働法よりもページ数が多くなっています。なので受験生がこの本を持ってゼミのために集合すると凶器準備集合罪(刑法208条の2)の構成要件に該当する可能性があるので注意したほうがいいでしょう。
 表紙カバーは,水町労働法第8版と同じく攻めたデザインとなっていますので,個人的には結構気に入っています。
 まだ読んではいませんが,大金が舞い込んだら買おうかなと思っている期待の書です。


(8)森戸英幸「プレップ労働法〔第6版〕」(弘文堂・2019年)

 入門書シリーズとして評判のプレップシリーズの労働法になります。私は読んだことはありませんが,評判はかなり高いと思います。


(9)伊藤真試験対策講座14労働法〔第4版〕(2019年)

 いわゆる伊藤塾のシケタイシリーズの労働法(予備校本)です。僕は,入門テキストとしてこの本を裁断して26穴ファイルにファイリングしました。内容は,荒木労働法をベースとして引用し試験的に不要な部分をそぎ落としたまとめノートのような感じです。試験対策としては使いやすいと思いますが,やや記載が足りないかなと思う部分が多くありました。


4 判例集
(1)村中孝史,荒木尚志編「労働判例百選〔第9版〕」(有斐閣・2016年)



 言わずと知れた判例百選シリーズの労働法バージョンです。大内先生の200選と並び受験生に使用されている判例集であると思います。私自身,百選の中で一番読みました。ただ,労働法は判例がものすごく大切な科目であるので,百選引用レベルの記載だとやや足りない部分もありました。ゆえに,すべてではありませんが,ケースブック等で判旨のすべてを確認するべき判例もあるでしょう。また,重要な部分の判旨が引用されていない判例もあったので注意しましょう。
 もっとも,解説付の判例集でありますので,解説部分も有効活用すればなかなか良い本だと思います。特に,当該判例の労働法における位置付けを確認するには,百選はかなりいい本だと思います。
 なお,第9版が出版されたのは,2016年であり,同年以降に重要な労働法判例はたくさんあるので,2017年以降の判例については,重要判例解説などで押さえておく必要があるでしょう。特に,長澤運輸事件,ハマキョウレックス事件,国際自動車事件最高裁判決などは,司法修習生として実務に出るまでに押さえておく必要が高いと思います。
 あと,労働判例百選ではなく労働判例百選なのでそこも要注意ですよ。


(2)大内伸哉「最新重要判例200[労働法]〔第6版〕」(弘文堂・2020年)

 労働法受験生の中で結構支持率の高い判例集(通称200選)です。労働法は判例を勉強する必要性が非常に高いので判例の掲載集が百選よりも多いのが魅力的です。特に第6版が2020年に出版され,最新の判例が掲載されていると考えられますので,その点も百選よりも魅力的だと思います。


(3)荒木尚志ほか編「ケースブック労働法〔第4版〕」(有斐閣・2015年)


 京都大学ロースクールの労働法2の授業の指定教科書でした。判例の全文が載っているのが魅力的でありましたが,出版が2015年であるので,最新の判例がカバーされていないのがややマイナスです。司法修習生としては,判例検索システムを使えばいいと思うのでわざわざ買う必要はないと思います。


5 演習書
(1)水町労働法・緒方桂子編「事例演習労働法〔第3版補訂版〕」(有斐閣・2017年)


 私が司法試験の受験のために使用した演習書になります。解説に加え,回答例が付いているので,答案を作成する上で非常に参考になりました。
 もっとも,共著でありますので同じような論点であっても回答例の記載例にかなり大きなブレがありました。また,各章ごとに解説の内容もかなり大きなズレがありました。そのため,迷ったときは司法試験の出題趣旨・採点実感に従うようにしました。
 なお,2020年の司法試験委員に水町勇一郎先生が選任されていますので,ますますこの演習書の需要は高くなったと思います。


(2)大内伸哉ほか「労働法演習ノート 労働法を楽しむ25問」(弘文堂・2011年)

 一昔前は定番の演習書だったようですが,2011年から改定されていませんので,やや古く使いにくいかなと思います。


(3)土田道夫・豊川義明・和田肇編著「ウォッチング労働法〔第4版〕」(有斐閣・2019年)

 労働法事例演習と並び定番の労働法の演習書だと思います。使ったことはありません。


6 むすび
 以上,いろいろ好き勝手書かせてもらいました。皆様の労働法の勉強に役立てていただけると幸いです。